2012年01月12日

移動遊園地

家から歩いて5分のところにある空き地にきた移動遊園地。
ブリキのおもちゃみたい。

















  

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2012年01月05日

祖国とハリーポッター



ハバナの年越しは年越しそばの代わりに
豚の丸焼きを食べ、
サルサで踊り狂い、



12時になった瞬間、バケツの水を家から外へ!
ちなみにマンションの上からも水が降ってきます。
本当かはわからないがこれはアフリカ系の
風習でお清めの意味らしいと言ってた。



シャンパンで乾杯してひとりひとり全員にキスをします。
カナダで普段は働いている、親戚たちも帰ってきています。

革命広場の方向からは、花火があがり、
海の方向にある要塞からは大砲の音。

1月1日は54年目の革命記念日。
12月31日にバチスタ政権がハバナから逃げた、
というわけで、12月30日の新聞の1面はこれ



フィデルの言葉の下、赤枠はチェゲバラの別れの手紙の一節。
なんだか映画の中のような、現実とは思えない新聞で
読みながら手が震えてしまった。


けれども、その翌日の31日の新聞の1面はこれ。
前日の新聞のフィデルの若さに反比例して老いを感じ、
革命の老いをも感じるのだけど、この写真の下には
「optimistas」(楽天家たち)という言葉があり、
少人数から始まったゲリラが革命を起こしたという事実がなくとも、
本当にそうなのだろうとキューバの人たちを見ていると思ったりもする。





「¡PATORIA O MUERTE! ¡VENCEREMOS!」(祖国か、死か、我らは勝つ!)
という革命の標語が今日の新聞に載っているということと、その翌日
1月1日の昼間にTVでやっていた映画がハリウッドのハリーポッターということが
どちらも今のキューバにある。


  

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2011年12月31日

アメリカとアメリカにはさまれた道



ハバナの旧市街地と新市街地を結ぶ海沿いマレコン通りはとても気持ちがよくて、
散歩コースでもあり、京都の鴨川みたいにカップルが座っていちゃついている。
でも鴨川と違う所は、川でなくて海、ということよりも
カップルと別のカップルの間が離れていなかったり、
つまりは、すぐ横で別の人たちがいちゃついていても気にならない様子だということ。

そのマレコンの途中にアメリカ合衆国の施設がある。キューバの友達にあの建物は何?
と聞くと「Embajada(大使館)de Estados Unidos(合衆国)」とほとんどが答える。
国交のないアメリカの大使館はキューバにはないが
実質的に大使館的業務を行うところらしい。




その横(といっても大きな道の反対側の海岸沿い)を何気なく通りかかったら、
急に沢山の警官達の視線がこちらに向き、私の行く先100mのところにも
さっきまでいなかった警官が現れ、ものすごい緊張感を感じてしまった。
後悔して戻ろうかと思ったが、余計に怪しまれるかと思い結局冷や汗をかきながら歩いた。
なんで、アメリカの施設の周りをキューバの警官達があんなに沢山守っているのか
と不思議な気もするが、後で聞いたら亡命者を捕まえるためだよ、とある人は言ってた。
ビルは反射ガラスになっていてこちらから中は見えない分、なんだか不気味な感じがする。
なんでも割とあけっぴろげなキューバでは余計に。


この施設の目の前、海の向こうすぐ140km先はアメリカのフロリダ半島の先、
潜水艦基地のキイウエスト軍港がある。
アメリカの軍港とアメリカの施設の真ん中にあるキューバの道を歩いているのだ、
と考えるとまた緊張した。
そして、沖縄に住んで始めの頃は58号線も両サイドが基地なので
緊張して通っていたことを思い出した。



その建物の前の広場にはアメリカへの抗議のために国旗掲揚のためのポールがものすごい数建っていて
正面からみるとビルは隠れる。その前にはコンサート会場もある。
普段はポールがあるだけで旗は掲揚されていない。



後日、通りかかるとそこにいつもはないキューバの国旗が。
年末年始などに旗が掲げられるらしい。
何とも言えない気持ちになったが、壮観だった。

  

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2011年12月28日

喪中



金正日氏の亡くなった翌日のキューバの新聞の1面には
12/20~22の3日間「DUELO OFICIAL」つまり公的に喪に服すと書いてあった。
街の国旗は半旗になっていた。新聞には金正日氏のことを「同志」と書いてある。
フィデルの死もそう遠くないことを実感し、少し不安になる。
キューバはなんとなく、2006年にフィデルが病気になってから、
今、宙ぶらりんの状態な感じがする。ラウルが引き継いでから
2008年には携帯電話が解禁され、今まさに、人々が家にインターネットをもち始めたところ。

今いる家のお父さんに金正日氏の死について聞いてみると、
いつもはよくしゃべるお父さんが複雑な表情。
お父さんはロシアにいたこともあり、
ロシア語とフランス語少々と英語とスペイン語が話せる。
今私の隣の部屋にはロシアからきた観光客のカップルが泊まっている。
街はクリスマスも近いし年末なのでどこかそわそわしている。  

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2011年12月26日

クーバリブレ

キューバのクリスマスは祝日。キューバ人は
日本と一緒で無宗教の人も多いけど、一応カトリックが中心らしい。
友人の家に呼ばれて、親戚一同や隣人、隣に泊まりにきている
メキシコのカップルなどと一緒にお祝い。レゲトンに合わせて踊り狂う人々。



料理はチキンとサラダとコングリなどなど。そんなに種類は多くないけど量はたくさん。
おじさんたちと未来のおじさんは、ドミノを延々とやってます。
単純だけど、チーム戦でもあるので心理戦白熱。
心理戦は目での会話なので私にもできる。




ところで、ラム酒をコーラで割ったカクテルを
クーバリブレということは知っていたのですが
日本では何気なく飲んでいたけどここでその名前を聞くと
ぜんぜん心持ちが違う。

クーバはCuba キューバ。リブレはLibre 自由の。
アメリカ資本主義の象徴のコーラで
キューバの象徴、さとうきびのお酒ラムを割って「クーバリブレ」とは
どうとらえればよいのか。

何気なくそこにあったハバナクラブをコーラで割ってみんなで
飲み始めたのだけど、クリスマスをたくさんの人で祝って
食べ物やお酒があってということ自体が、ある人たちにとっては
革命によって得られたものでもあり、
またある人たちにとっては革命によって出て行った家族たちと
一緒に祝えなくなったクリスマスでもあるのだなと
感慨深く、その資本主義とか社会主義とかの
混ざった味のするお酒を飲んだ。

とはいえ、キューバでみんなが普段飲んでるコーラは
コカコーラではなく、tu kolaというやつで
沖縄のかねひでとか、田舎の自販機で売ってる安いコーラと同じ味がする。
何でコカコーラとペプシ以外のコーラはだいたい同じ味がするのか。

写真は、200円くらいするホテルナショナルのコカコーラ。メキシコ産。

  

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2011年12月24日

ものすごい大きくかっこいい公園のゲートボールはチームプレイ

日本でもやったことのない、ゲートボールを
キューバの巨大な公園にてやることになろうとは思ってもみなかった。
沖縄県系移民の人たちとその家族が集って年に何回かやるらしい。
この日いたのは2.5世~5世までで
日本語が話せる人はほとんどいないけど、みんな名前に
ヨヘナ、イトカズ、ウエマ、ツハコ、などなど沖縄の名字が入っている。



待ち合わせ場所は、ものすごい大きくかっこいい公園の真ん中あたりの大きな木の下、
とスペイン語で漠然なことを言われてそんなものわかるわけないじゃん、と思ったが、
知り合いの車で大きな公園に連れていってもらいふらふらしていると
笛の音が聴こえてきたのでそっちに向かったら着いてびっくりした。
さすがキューバ人、30分遅れでついても2人しか来てなかった。
その1時間後くらいにやっとみんなあつまる。



やってみると、大人も子どもも一緒にできるのでなかなか優れたスポーツだし楽しい。
移民の人たちが異国の地で団結するにはもってこいなのだと思う。
日本人なのにやったことないの、と変な顔をされる。
でも一番うまかったのは生粋のキューバの人だった。
ルールもしらないので一生懸命みんなが教えてくれるが、
3試合目くらいまでチームプレイであることも気がつかずに個人でやってた。


  

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2011年12月24日

一ヶ月の壁



ビザの問題

日本出国前からずっとビザがおりない。
原因は学校などわかりやすい場所に留学するわけではないため、
国の助成金をもらっているといっても結局は個人であって、キューバでは難しい。
けれど、学生でもなかなか出国前にはビザはおりないらしく
在日本のキューバ大使館ではとにかく行って、むこうで動いてくださいといわれた。

そんなわけで、こっちにきてからは、たくさんの人が関わってくれて
手続きが進みつつありますが、一ヶ月たちましたが、正式にはまだです。
そのために、いろんなことがあって、
昨日家を引っ越しました。複雑すぎて説明できませんが
とにかく引っ越しました。
もう、先週の金曜日は大変で、いろんな人が家におしかけて
あーしろこーしろと、隣の家の人や、一瞬会ったことのあるだけの人まで
いろんな人に説得されたり。
スペイン語が不自由なので、説明できないというのもことを
複雑にしている要因なのですが、
この状態は大家族の中で初孫にあれをきせよう、これをきせよう、と
わーわー言ってる親戚達みたいだなあと
当の本人はどうしようもないので面白がってみてます。
けれど言葉の話せない子どもが泣きわめいて感情を伝える気持ちがよくわかります。
私も泣きわめけばいいのだろうか。

美術館の人やたまたま通りかかって住むことになった家の人、
いろんな立場で私と知り合ったひとが、あっというまに繋がって行き
いつのまにか親戚のようにお互いわーわー言っている状態は
不自由でシステム化されていない状況が生み出しているともいえ、
それは人を孤独にはしないなと思いつつ、
けれどそれも私がお金を持っているからかもしれない、という
複雑な気持ちも抱えています。

たまたまキューバについて3日目ある家をとおりかかり
きれいだったし、いい家はないか聞こうと思って家におしかけたら、
おんな版みのもんたみたいなゴッドマーザーに出会ったのですが
そのみのもんたゴットマーザーが急に電話してきて、
ほんとにみのもんたみたいに、「これは○○だろう?Sí or NO?」を
たたみかけるように繰り返し、「Sí!」となんかの宗教みたいに何度も答えさせられて、
しかも「No!」と言ったら「ファイナルアンサー?」と聞かれ、もう一度「No!」といったら
ため息をつかれなんだか意味のわからないことを言われた。
でもこれはみのもんた、というよりもフィデルの演説の影響なんじゃないかと思う。  

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2011年12月20日

フェルナンドペレスさん

フェルナンドペレスさんに会う。

私じゃない方のcimarcusが10月にコーディネートした山形での
キューバ特集で「永遠のハバナ」の監督フェルナンドペレスさんを山形に
呼んで審査員をしてもらっていたのですが、
今度はペレスさんたちがキューバで開催する若手の映画監督の映画祭のために
日本から預かったあるものをプレゼンしにICAIC(キューバ映画芸術産業庁)へ行きました。
私が行った時は、ペレスさんの部屋でできあがったばかりのアニメーションをみながら
楽しそうに何やら若者たちがディスカッションしていて、美大時代の編集室を思い出しました。

今度の4月なのですが、これがうまくいったらすっごいなーと思いつつ、
なによりペレスさんの強い抱擁とベシートがあたたかすぎて
キューバ生活の不安が一気に吹き飛んだのでした。

それにしてもICAIC、ビルの廊下もめちゃめちゃ現場で
セキュリティーのないNHKのスタジオ?という感じ。
どこにでもいけちゃうけど、東洋人は目立ちすぎて
どこにいっても人ごみのなかで声をかけられるのでした。

写真はICAICの白いビルととなりにあるシネチッタ。


  

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2011年12月15日

天皇誕生日



誕生日にははやいけど13日に天皇誕生日のパーティーがあって
招待状が届いたので行ってみた。招待状は封がされない状態で届いていて、きれいな封筒だから
誰かがやぶったりしてあけないようにわざと最初からあけて送ったんでしょうか。

パーティ会場はやたらと豪華な公邸。プール付き。
行き方が全くわからない、と思っていたら、沖縄県系2.5世のホルヘさんが車で迎えにきてくれた。
参加者は日本人は少なくてほとんどキューバの人。
久々の寿司とえびの天ぷらがおいしくて、米は一体どこからもってきたのか気になった。たぶん
ブラジル、と通りがかりの人は言ってた。キューバのお米はぱさぱさでお寿司にはならないらしい。
モヒート、ラム、ワイン、ビールなどなど飲み放題でした。夜7時に始まり、9時まで。



セレブの中で社交なんてできっこないので
あらゆる種類のお酒を飲みまくりながら、
天皇制についてどう思うか、とか
君が代を歌わないと逮捕だなどと言われたら
どうすればいいんだ、と妄想したりしましたが、
自己紹介もやっとの私にだれもそんな込み入った話はするわけもなく。
しかし、あの大勢の人たちの中ではそんな会話も繰り広げられていたのでしょうか。  

Posted by cimarcus at 08:59Comments(0)TrackBack(0)キューバ

2011年12月07日

キューバ日本月間



キューバの日本月間というのがあるらしく(スペイン語が理解できてないのでたぶんそうだと思う)
Casa de Asiaというミュージアムでは日本の写真家と画家の展示がおこなわれている。
偶然、オープニングパーティーに誘われていってみた。
ふたつの展示はそれぞれ別の作家で、関連はなく、一つは日本のある写真協会のようなところが
一人の写真家を選んで展示していた。
もう片方の画家さんはキューバでの展示は何度もやっているという。

オープニングは4時に始まり、そこのディレクターと日本の大使の挨拶があり、
その後テープカットがあってギャラリーで飲み物が配られ
あっというまに終わった。
日本みたいにだらだらと飲んで、(とくに沖縄は場所もかえつつ朝まで飲んだり)
とかってのはないんですね。




その翌週、今度は教会にて日本の歌のコンサートがあり、
小学生や芸術大学の学生やコーラス隊などいろんな方が日本の歌を披露しました。

選曲がおもしろかったです。
最初は「かえるのぴょんた」からはじまりました。
つい、かえるのぴょんた、すごーいなーとうたってしまいます。
さんだんとびで、にめーとるー

芸大生の歌った「荒城の月」がやたらとしみました。
いろいろ歌って、
最後は「カリマタンクイチャー」
これはきっと、狩俣のクイチャー なのだと思うのですが、
なんか私の知ってるクイチャーとはぜんぜんちがいます。
確かに琉球音階を使っていたり、沖縄のかけ声がはいってくるんだけど、
やたらと派手で、リズミカルです。
大使館の方がベネズエラでも聞いたし、この辺では有名な合唱曲なのよーと
言ってましたが、これは昔沖縄からきた移民の方が伝えて編曲したとか
もしくは、沖縄じゃなくて他の日本から来た人が沖縄のイメージでつくったとか
なんかあるんでしょうか。歴史をさかのぼると面白そうなので、
調べてわかったら報告します。  

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2011年12月01日

キューバから報告



cimarcusの片方は今年1年キューバに滞在します。現在ハバナにいます。
もう片方はちょっと前にキューバ映画祭をコーディネートした
ところですが、もともと2人でキューバについて何かやろうとか
思えば話したことはありません。
それぞれがそれぞれの目的で違う時期にキューバに行っていて、
なんでかなと今更ながら思ってますが、まだお互い話はしていません。

というわけで、cimarcusのキューバにいるほうは、
これから定期的にキューバのことをアップしたいと思います。
それにしてもネットが高い。。
あたりまえだけど、インターネットとはすごく便利で
高度な文明で、それには価値があるのでお金がかかるのだ、
ということがキューバで身にしみています。  

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2011年11月22日

吉増さん掲載

11月2日の琉球新報に東松照明展シンポジウムの記事が掲載されました。
吉増さんが語った内容もばっちりのってます。



↑クリックすると大きくなって読めます。  

Posted by cimarcus at 01:45Comments(0)TrackBack(0)吉増剛造

2011年10月27日

吉増剛造さん来沖します!(講演会と上映のご案内)

詩人の吉増剛造さんが沖縄県立美術館で開催中の東松照明写真展「太陽へのラブレター」で
行われるシンポジウムに登壇する(30日)ため、沖縄にやってきます。

シマーカスも少しお手伝いしている特別講演や近年吉増さんが取り組んでおられる映像シリーズ「gozoCine」の
沖縄初上映会(会場:沖縄大学)のご案内をいたします。
みなさま、この貴重な機会にぜひ足をお運びください!!!

*****************************
『吉増剛造 講演会』

島々が千々に砕けて夏の海―
芭蕉の句に見いだした「砕」の一語が、9・11/3・11後の世界を透視する……
世界文学に未踏の領域を拓き続ける詩人・吉増剛造。自らの詩作の根源を掘り起こし古今の詩行を導きの糸にして、カタストロフの廃墟から、生者と死者が交わる場所にたちあがる思索/詩作を縦横に語る。

日時:2011年11月2日(水) 18:30〜20:00
場所:沖縄大学 本館・同窓会館
参加費:500円
*終了後、交流会を同窓会館ホワイエで開催、ご自由に参加ください。
(ドリンク&軽食つき、参加費1000円)
プロフィール
吉増剛造(よします・ごうぞう)
1939年東京生まれ。慶應義塾大学国文学科在学中より詩作を始め、64年に第一詩集『出発』を刊行。以来、さまざまに変転を重ねながら絶えず現代詩の最前線を切り拓く詩作品を発表するとともに、詩の朗読を伴うパフォーマンスを世界各地で行う。80年代からは銅板に言葉を打刻したオブジェや写真を本格的に発表、国内外で個展開催。また、「映画」への愛着を、特異なかたちで告白した著書『燃えあがる映画小屋』がある。主な詩集に『オシリス、石の神』『螺旋歌』『花火の家の入口で』『ごろごろ』、対談集に『ドルチェ—優しく』(A・ソクーロフ、島尾ミホと)『アジアの渚で』(韓国の詩人・高銀と)など、写真集『詩の黄金の庭』ほか。gozo Cineと自ら命名した映像を集めたDVD『キセキ』を2009年に上梓、本年7〜8月に『予告する光』と題して一挙公開し(ポレポレ東中野)話題を呼ぶ。

問い合わせ:沖縄大学入試広報室(浜川) 電話098-832-5557

(gozoCine 上映会)

生きることも死ぬこともすべては水のそば―
言語とイメージの根源へと下降するgozoCine、
「奄美フィルム―ミホさん追悼」をはじめ新作を交えた厳選タイトルで、沖縄初の本格上映会!
日時:2011年11月3日 16:00〜(*予定*80分前後)
場所:沖縄大学 図書館付属ミニシアター
参加費:500円



  

Posted by cimarcus at 10:55Comments(0)TrackBack(0)吉増剛造

2011年10月06日

オキナワアートアクション!参加監督入賞!



3月に沖縄県立美術館ほか4カ所で開催した「オキナワアートアクション!」の
参加作家である奥間くんが山形国際ドキュメンタリー映画祭の
アジアの若手作家を紹介するプログラム「アジア千波万波」
http://www.yidff.jp/home.html
の上映作品に選ばれた!というのは前に書いたのですが、
なんとなんと、もう一人、オキナワアートアクション参加の
佐久川満月くんの「グレンマァの話」が
第14回京都国際学生映画祭コンペティションに入選しました!
http://www.kisfvf.com/top.php

2人ともおめでとう!!ほんとにうれしいです。

山形国際ドキュメンタリー映画祭は10/6〜13までで、
奥間くんの作品の上映日は7日、9日です。
京都国際学生映画祭は11/19 〜 11/26です。




「グレンマァの話」(2011年/10分/カラー)佐久川満月

佐久川の祖母は自分のことを「グレンマァ」と言う。グレンマァの話を聞くのが好きだ、という佐久川は、日常生活の中での祖父と祖母の何気ない会話にカメラを向ける。時に笑いを織り交ぜながら、孫に語られる戦争体験はおかしみと悲しみを内包し、戦後のグレンマァの力強い生き方とともに、私たちを深い余韻に導く。

佐久川満月(さくがわ・みつき)1988年、沖縄県那覇市生まれ。2007年、沖縄県立首里高校を卒業、沖縄県立芸術大学デザイン専攻に入学し、映像メディアについて学ぶ。2011年、卒業制作として「グレンマァの話」を制作。ほかにも、「怪獣十七号」等の自主制作映画の制作にいそしむ。  

2011年07月29日

大山健治展「vision」


先週まで牧志の「gallery point-1」で行われていた
大山健治さんの展評を書きました。

写真をクリックすると読めます。




大山健治展「vision」                 

 その雲の映像を見ていると、一畳程の空間はゆっくりと歪み、自分が一体どこにいるのかわからなくなった。私は今、ここに立ってその画面を見ている。いや、はたしてそうか。混乱し位置を確かめようと辺りを見回すと、左に山の等高線をなぞったものを見つけた。その線を目で追ううち、ふっと土の香りが鼻をかすめ、地に足がついたような気がしてほっとした。
 牧志公設市場の近く、水上店舗2階にある那覇で一番小さなアートギャラリーで開催中の大山健治展「vision」は、大山が沖縄に戻ってからの初個展となる。東京芸術大学在学中は油絵を描いていたが、平面作品が置かれる空間や時間が気になり始めたという。現在は映像作品と、それが展示される空間を意識した作品を制作している。
 新作「I Catch The Cloud」(2011)は青空に浮かぶ雲の固まりがゆっくりと消滅するまでを追った映像作品。極端にクローズアップされた空は、美しさと同時に違和感を映し出す。それぞれ異なる動きをする雲を目で追ううち、視点は定まらなくなり、果たして本当に雲なのかどうかさえわからなくなった。目眩を覚え地面が揺れるような錯覚と共に、目の前にあるものの不確かさから目をそらせなくなる。
 3.11の激震は沖縄へも大きな“揺れ”をもたらした。ずっと続くと思っていた風景がとても脆いものであること、安全といわれているものに根拠がないこと、そのような実感が今まで眺めていた風景のあたりまえを揺るがし、個へ問いかける。この小さな部屋ではその揺らぎを体感することとなる。雲を掴むという試みはそれが儚く消えてしまうという意味においてはひたすら失敗し、それでも何度も繰り返される姿は痛々しくもあるが、その痛みを抱えてでも掴むという試みを続けるべきではないか。もう一つの作品「Mountain」(2011)はその思いを一層強くする。山の等高線をトレースすることで、揺らぐ地面を這ってでもしっかりと踏みしめるという意思が感じられる。
 「Mountain」は映像作品ではないが、大山の映像作家としての空間の捉え方がよく現われた作品である。等高線のトレースは円形に縁取られている。大山はその理由を、山を上から見た視点なので縦の画面でも横の画面でもないし、どこが上でも下でもないからだと語った。俯瞰の視点からレンズでのぞいたような感覚である。その山は大山が一時期通っていた場所で、通ううちそれが一年前と同じ山なのかわからなくなったという。ここでも意識の微妙なズレを意識する。
 それは私たちが普段観ている映像への問いかけへとつながっていく。映像は誰かの意志で切り取られたものである以上、どれもが作られた“嘘”であるともいえるが、殆どの場合それが本当の事だと思い込んでいる。大山はこの小さな空間に、映像を鑑賞者自身が作り上げる「編集室」を作ったのではないか。各々がこの2作品の関係性をどう編集するのかによって世界は全く別のものとなる。「vision」はそれぞれが思い描くのだ。  

Posted by cimarcus at 13:45Comments(0)TrackBack(0)日々

2011年07月27日

映画、ドキュメンタリーをめぐる覚え書き1

ここ数日の映画、ドキュメンタリーをめぐってなんかいろいろあったので覚え書き1


昨年、happでというかほぼcimarcusで企画運営した
「オキナワアートアクション!」の制作プログラムで数ヶ月話し合いながら完成した
奥間勝也監督作品「ギフト」がなんと、山形国際ドキュメンタリー映画祭の
アジアの若手監督作品からなるプログラム「アジア千波万波」の上映作品に選ばれました。
なんかもう、うれしすぎて、今後のcimarcusの支えになる出来事で、
ほんと、あの期間はなかなか辛かったけど、やってよかったなあとつくづく思いました。
第三者に認めてもらったのはすごくうれしいです。
あのプログラムがなくても彼は自力で自主制作でつくっていたでしょうけど。

那覇若狭の移り行く風景とそれを見つめる
路上生活者の亀ちゃんと、地元の小学生ヨースケの物語は、
ドキュメンタリーとフィクションの境目を漂いながら進んでいきます。
監督は丁寧に、そこに住む人々との関係性を構築しながら撮影しました。
そういえば、今年の新年は波の上宮のすぐ近くで亀ちゃんと一緒に迎えたんだった。
みんなであの後ひいたおみくじの結果、覚えてないけど悪くなかった気がする。


「ギフト」(日本/2011/日本語/カラー、モノクロ/ビデオ/40分)奥間勝也 



制作時、琉球大学大学院在学中だった奥間は学部在学中より自主制作映画の制作を続け、今回が3作目。自身が生まれ育った若狭・松山地域の道路拡張工事によって、慣れ親しんだ風景が急激に失われていくことと、自身の就職による離沖、長男としての継承問題等、自身をとりまく変化を、その拡張工事に揺れる若狭海浜公園に住む路上生活者と少年との物語に反射し、ドキュメントとフィクションの境目を漂いながら制作される。

奥間勝也(おくま・かつや)1984年沖縄県那覇市生まれ。2008年 自主制作映画「オセロ」(24分)監督。2009年自主制作映画「それまではこれから」(50分)監督。2010年山本政志監督「スリー★ポイント」沖縄篇の監督補等。  

2011年07月23日

las barcas 創刊

沖縄発のアートと批評が漂い交差するステキな雑誌ができました。
cimarcusの二人も編集メンバーとして関わっています。
cimarcus誕生秘話&川口隆夫さんとの往復書簡も載ってます。

実は発売から1週間の現時点で発行部数の半分が売れてしまいました。
欲しい方は直接cimarcusにメールをくれても、las barcasHP から注文していただいても
構いません。はやくしないとたぶん、確実に売り切れます。
ジュンク堂では一週間もしないうちに売り切れで追加納品しました。
おはやめに〜

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2011年7月発行!
las barcas 1
言葉とアートの旅を。

沖縄を中心に活動しているアーティストやキュレーター、研究者が集まり、
批評、文学、アート作品を自由に発表できる場を作るべく立ち上げました。
タイトル の「las barcas」は、スペイン語で「小さな舟」の意。
小舟で、力強く、丁寧に言葉とアートの旅をするように編んだ一冊です。



目次:
漕ぎ出す前に
崎浜 慎・・・極楽鳥花
徳田 匡・・・「相互扶助」が弾圧され、「反(脱) 原発運動」が嫌悪される!?
白木 游・・・或ル記憶
酒井 直樹・吉田 裕(翻訳)・・・国民的なものに先行する国民横断的なもの―翻
訳と境界化
根間 智子・・・鳥の巣
井上 間従文・・・「パレルゴン」の横断―安谷屋正義と沖縄の風景の「創造」
奥間 勝也・・・自分からの逃走
岡田 有美子(cimarcus)⇔川口 隆夫(パフォーマー)【往復書簡】
濱 治佳・・・始まりは船の上—あちらこちらでサーカスのように
…cimarcus(シマーカス)………
吉増 剛造・・・(もののともとともに 剛造)
山城 知佳子・砂川 敦志・・・黙認浜、肉屋の女、海に漂う風と歌う男—………
仲宗根 香織・・・光を追いかける
新城 郁夫・・・水の記憶の断想
山城 知佳子・・・コロスの唄—Choros of the Melodies

概要:
 琉球大学教授の新城郁夫が、パフォーマンスアーティストのイトーターリ、
川口隆夫の公演をもとに、「水」をテーマに震災後の状況を書いた「水の記憶の断層」や、
若手研究者で、文学、絵画、映画と幅広く研究を行う井上間従文が、沖縄出身の画家、
安谷屋正義について、現代思想や美学理論の観点から論理的に考察した論など、
新しい視点でさまざまな角度から批評するこれらの一考は、現在のアートの分野では
必読だと言えます。
  写真では、日々の記憶の断片を、シャッターとともに記録していった白木游、
双子が写る正方形のフレームから不穏な空気が流れ、場所の意味性をも超える写真が
興味深い根間智子、時間と光の流れを捉えた仲宗根香織、2010年の東京都写真美術館で発表し
話題を呼び、沖縄では未発表の作品を掲載した山城知佳子、 など、写真家、アーティストの
作品がそろい、4人の作家がそれぞれ違う立ち位置で作る写真作品は必見です。
 その他、新沖縄文学賞を受賞し、今後が期待される小説家の崎浜慎、新進気鋭の研究者
である徳田匡が書く福島の原発についての時事評、若手映画監督の奥間勝也が東京に生活の
身を置いた身辺と心の動きを書いたエッセイ、そしてcimarcus誕生秘話から沖縄と自身の繋がり、
これからの展望をしたためた濱治佳のエッセイなどは本誌のみに書いた新作。
 さらに、cimarcusの岡田有美子と、パフォーマーの川口隆夫の往復書簡も、
作家の苦悩、企画する側の葛藤が表れ、アートイベントを完成するまでの二人の心の動きが
読み取れて興味深い一稿です。
 そして、世界的に活躍するコーネル大学教授の酒井直樹氏の論考、さらには日本を代表する
詩人であり、写真家、映像作家の吉増剛造氏が本誌のために、山形ドキュメンタリー映画祭
ディレクターの濱治佳に送った品々で構成される写真など、貴重な作品も掲載されています。
 現在のアート、文学、批評の分野をボーダレスに捉えた貴重な一冊をぜひご一読ください。

<編集メンバー>

仲宗根 香織(las barcas主宰) 1979生。琉球大学在学中から写真を撮り始める。
写真雑誌LPの編集を経て、雑誌las barcasを立ち上げる。2011年7月よりカナダに滞在。

井上 間従文 1975年生。琉球大学専任講師。専門はアメリカ文学、東アジア
映画、美学理論。共著に『異郷の身体―テレサ・ハッキョン・チャをめぐって』
(人 文書院)、論文に“Senses of History: Singular Witnesses in Hou Hsiao-
Hsien’s Café Lumière.” (Art, Critique, Theory) “Stones, Rocks, and Other
Objects of History: Aesthetic Distributions of Memories in Theresa Hak Kyung
Cha and Kiyota Masanobu.” (Nanzan Review of American Studies)など。

岡田 有美子  1982年愛知県春日井市生まれ。2005年武蔵野美術大学造形学部芸術文化
学科卒業後、NPO法人前島アートセンター勤務のため沖縄へ。2009年退職、映像集団
ハイニシムイに参加、cimarcus結成。ピアノ講師をしながら展覧会、アートイベントの
企画・運営をしている。2011年秋より1年間はキューバ住民の予定。

新城 郁夫  1967年沖縄生まれ。琉球大学教授。専攻は、沖縄近現代文学・日本文学、
ポストコロニアル批評、ジェンダー研究。著書に『沖縄文学という企て』(インパクト出版会)、
『到来する沖縄』(同)、『沖縄を聞く』(みすず書房)。

根間 智子  1974年沖縄県生まれ。美術家。沖縄県立芸術大学大学院造形芸術研究科環境
造形専攻修了。主な作品「存在の不確かさ」(2つの連作)2000(mixed-media)/
「スデル」2002/2008/「流漂」2008(Gelatin Silver Print ,37)/
「脈」2009(Color /Video,4min40sec)/「ミャーク」2009~(Gelatin Silver Print )

山城 知佳子  1976年沖縄生まれ。 現代美術家、映像作家。
ハイニシムイ(アート映像制作・映画製作)主宰。写真、映像インスタレーションの作品を発表する。
主な展覧会参加に「沖縄県立美術 館開館記念展『沖縄文化の軌跡 1872-2007』」
沖縄県立博物館・美術館、「沖縄・プリズム1872-2008」東京国立近代美術館、
第2回恵比寿映像祭「歌をさがして」東京都写真美術館、
日本の新進作家展「ニュースナップショット」東京都写真美術館など。

濱 治佳  1978年生。2001年より山形国際ドキュメンタリー映画祭東京事務局、
シネマトリックス(映画配給)スタッフ。山形映画祭2003「沖縄特集琉球電影列伝/
境界のワンダーランド」、同2005及び2007「アジア千波万波」、
2009「シマ/島ー漂流する映画たち」プログラム・コーディネーター。
「Bíó06 アイスランド映画祭2006」主宰。2009年よりcimarcus(シマーカス)として
アート・プロデュース活動開始。ほか、映画・人・場を草の根的につなぐ活動を展開中。

雑誌体裁
サイズ:A4変形(21cm×25cm)
発行部数:500部
発売日:7月16日
不定期刊

連絡先:
las barcasメールアドレス:lasbarcas2011@gmail.com
las barcasHP:http://lasbarcas.jimdo.com/  

Posted by cimarcus at 18:59Comments(0)TrackBack(0)las barcas

2011年07月22日

las barcas 新聞掲載

las barcasが沖縄タイムスと琉球新報にとりあげられました!
写真をクリックすると大きくなって読めます〜




  

Posted by cimarcus at 19:07Comments(0)TrackBack(0)las barcas

2011年07月19日

プロジェクトの「ユルさ」について

7/15〜18の4日間、東京のアートスペース路地と人の
プロジェクト「販女の家」が沖縄にやってきました。
詳細はこちらを。

作家の阪田清子さんの新しいアトリエがメインの会場として、
期間中は特別オープンしていました。
前島アートセンターの栄町スペースがなくなった直後ということもあって、
こういったいろんな人がゆるくあつまれる自由な場はひとつの選択肢としてあったほうがいいなあと。
前島なくなったら、どうするんだろう、、と思ったりしていたけど、
必要であればぽこっと生まれたりするんですね。

そのイベントでは昔栄町のスペースで開邦高校時代にグループ展をやった女の子たちが
毎日手伝ってくれました。私は紹介しただけで毎日顔もだせてないので
ちゃんと楽しめていたのかちょっと気になりつつ。
こういう場では、自分自身で楽しみを見つけるしかないのですが、
彼女たちに何かがあったことを祈ります。

その彼女たちが県立美術館の県民ギャラリーにて、8月グループ展を開催。
8/9火〜8/14日の一週間です。お見逃しなく。

さて、路地と人の行商プロジェクトに戻ります。
各地を転々としたりするアートプロジェクトは全国でいろんな形で盛んに行われていますが
このようなプロジェクトを持ってくる側の意図として
場の構築や人と人との媒介が(たとえかなりユルい状態でも)あるとしたら、
それを受け入れるこちらとしては、本気でその場のユルさに参加しないといけないと
思ったのでした。

なんというか、忙しくてしっかり参加できないこと自体の自分の
スケジュールのたて方うんぬんもそうだけど、
外からものを運んで来る人はそれの展開や採算合わせに必死だし、
日常生活の中で忙殺されながらもそこに参加する人との
温度差というか、そういうものをそのままにしておくと、面白いことは起こらないし
そして多くの場合、受け入れる側はだまってしまう。聞こえない声の方が圧倒的に多い。
そして誰かが声を発していない、ということに隣の人は気づいていたりする。
けれども言わないということは何かを溜め込むことになる。
そこで、発言をすることで内と外というような二項対立を超えるのではなく、
それが混じり合った中でその状態をそのままみつめるもう1つの漂う視点のような
そういうものを一緒に獲得したいと思ったのです。

だからそういう意味では結局本気で参加しないといけないし、
ユルい参加なんてことはありえないのだと思ったのでした。本気のユルさ。  

Posted by cimarcus at 18:43Comments(0)TrackBack(0)日々

2011年06月04日

新城郁夫さんによる「a perfect life in 沖縄」レビュー


6/2の沖縄タイムスに新城郁夫さん(文学批評、琉球大学教授)による、
川口隆夫ダンスパフォーマンス公演「a perfect life in 沖縄」のレビュー記事が掲載されました。

作品を見てすぐに発する言葉の瞬発力というのもありますが、
新城さんの記事を読むと、この一ヶ月、じっくりと公演の余韻に身を浸して
丁寧に言葉を編み込んでくださったのだな、と
こんなにも真摯に作品を受け取ってくださった方がいることに感激します。

水について書かれたこの記事を読んでいると
新聞をもつ自分の指先の乾いた感覚に、水がすっと触れるような
みずみずしい感覚が呼び起こされます。

公演をご覧になっていない方でも、そこに居合わせたように感じられる文章です。

下の写真をクリックすると大きく表示されますので
ぜひ読んでみて下さい。